飲食店M&Aの案件評価|22件を評価してわかった判断基準と価格の見方
飲食店は個人M&Aで最も案件数が多い業種です。M&Acompassがこれまでに評価した122件のうち22件が飲食店・食品で、22業種のなかで最多でした。一方で、評価は大きく割れます。優良案件と、手を出すべきでない案件が、同じ「飲食店」として並んでいるのが実態です。このページでは、22件を評価する過程で繰り返し問題になった論点を整理します。
- A = 3件優良
- B+ = 9件検討可
- B− = 1件条件次第
- C = 5件割高
- D = 4件非推奨
掲載価格は「個人が買う前提」では組まれていません
まず、多くの入門記事に書かれている目安から確認します。M&Aの譲渡価格は年買法という考え方で見るのが基本ですが、その倍率は買い手によって違います。個人がM&Aを行う場合は営業利益の2〜3年分、法人間のM&Aでは3〜5年分が目安です。個人は資金調達力も再投資の余力も限られるため、同じ案件でも許容できる倍率は法人より低くなります。
では、実際の飲食店案件はこの範囲に収まっているのか。22件のうち営業利益と譲渡希望価格の両方が判明している18件について、譲渡希望価格が営業利益の何年分にあたるかを計算しました。
個人向けの目安である「2〜3年分」に収まったのは18件中2件だけでした。2年分未満が6件ある一方で、5年分を超えるものも5件あります。目安の周辺に集まるのではなく、その両側に大きく散っているのが実態です。最も低いのは0.3〜0.5年分のラーメン店、最も高いものでは営業利益の50年分を超える案件もありました。
この事実が意味するのは単純です。掲載されている価格は、相場に基づいて決められているとは限りません。売主の希望額、仲介会社の方針、売り急ぎの事情など、さまざまな要因が混ざっています。価格が妥当かどうかは、自分で計算して判断する必要があります。
飲食店案件の価格帯と規模
評価した22件の譲渡希望価格は、最小50万円から最大1億5,000万円まで分布しています。中央値は1,150万円でした。
500万円以下が6件あり、個人が手を出せる価格帯の案件が一定数存在します。従業員数では「社員なし」が7件と最も多く、5人以下を含めると12件になります。飲食店案件の多くは小規模で、買い手が自ら現場に関わることを前提としています。
飲食店で必ず確認すべき5つのこと
1職人・店長を引き継げるか
飲食店の評価で最も頻繁に論点になったのがこれです。同じ黒字店舗でも、調理の要となる人材が残るかどうかで評価が変わります。
神田駅近くの寿司店(A評価)は「寿司職人従業員が在籍し引継ぎフォローもあり」として高く評価しました。対して石川県の創業70年の蕎麦屋(B−評価)は、屋号と従業員の引継ぎが可能である一方、「引継ぎ後は職人として自ら切り盛りする必要あり」という点が評価を下げています。
飲食店の「自走可能」とは、オーナーが現場に立たなくても回るかという意味です。事業として買うのであれば、ここは最初に確認すべき点になります。
2居抜き譲渡なのか、事業譲渡なのか
案件タイトルに「居抜き」とある場合、引き継げるのは内装と設備であって、顧客も従業員も引き継げないことがあります。22件のうち居抜きと明記されていたのは3件でした。
無人冷凍食品店の案件(D評価)では、「店舗の賃貸契約は引き継げず実質新規開業と同義」と判断しました。設備を通常の4分の1程度で取得できる点はお得ですが、これはM&Aではなく設備の購入です。
3差別化要素が引き継げるものかどうか
うどん店2店舗の案件(B+評価)では、自家製麺と特製出汁、そして製麺所が付帯する点を強みと評価しました。設備と製法が譲渡対象に含まれるため、差別化要素が引き継げます。
一方、「希少性の高い主力商品あり」とうたうFC飲食店(B+評価)については、「商品の希少性を裏付ける詳細情報が乏しく判断材料不足」としています。差別化をうたう案件では、その差別化が何に支えられているかまで確認する必要があります。
4設備の老朽化と修繕費
創業年数の長い店舗ほど、譲渡価格に表れない修繕費が発生します。前述の蕎麦屋では「老朽化修繕費も考慮すべき」と明記しました。長く続いている店であることは信用の裏付けであると同時に、設備更新の時期が近いことも意味します。
5FC案件の加盟金は別途必要
FC店舗の譲渡では、譲渡価格とは別にFC加盟金が発生することがほとんどです。岡山のフードデリバリー案件では加盟金不要という条件が評価点になりましたが、これは例外的な扱いです。
譲渡価格が妥当かどうかの判断
飲食店案件では、案件の性質によって使うべき物差しが変わります。
営業利益が出ている店舗の場合
年買法が基本です。個人が買うなら2〜3年分を上限の目安に置きます。ただし前述のとおり、実際の掲載価格がこの範囲に収まることは稀です。計算した倍率が目安から外れていたら、その理由を確認するという使い方になります。
うどん店2店舗は譲渡希望5,000万〜6,000万円に対し、営業利益水準から2,000万〜3,000万円程度が妥当と評価しています。掲載価格をそのまま受け入れる必要はありません。
赤字・損益なしの店舗の場合
年買法は使えません。この場合は純資産で見るか、新規開業コストとの比較になります。
営業赤字・債務超過にもかかわらず譲渡希望500万円。かなり割高と判断しました。
営業利益は損益なし。ただし設備投資不要で優秀な既存スタッフを引継ぎ可能、譲渡希望50万円は純資産水準からも割安。
この2件はどちらも損益なし・赤字ですが、評価は正反対です。赤字だから即NGではなく、何が引き継げるかと価格との釣り合いで決まります。
借入金がある場合
価格に上乗せして考えます。食肉加工OEM企業(C評価)は一定の事業基盤があるものの、営業利益100万〜500万円に対し譲渡希望5,000万円以上。下限同士で計算しても営業利益の50年分にあたります。加えて金融借入金が1億〜2.5億円あり、実質的な取得コストはさらに膨らみます。
事業の中身が悪いわけではありません。価格と借入の重さが見合っていないという判断です。
情報開示は期待できません
22件の開示状況を集計すると、判断材料が揃っている案件はほとんどありません。
- 記載あり
- 非公開・不明
- 未記載
減価償却費が記載されているのは22件中3件のみです。役員報酬も6件しかありません。役員報酬が非公開の場合、表示されている営業利益は実態より高い可能性があります。オーナーが自分の報酬を抑えていれば、その分だけ利益が大きく見えるためです。
ただし、これを理由に検討を止める必要はありません。営業利益と借入金さえ分かれば、価格の妥当性はおおよそ判断できます。開示されていない項目は、交渉に進む前の確認事項としてリストにしておけば十分です。
実際の評価事例
神田駅すぐの寿司店
2018年の開業以来黒字で、売上も増加中です。寿司職人の従業員が在籍し、引継ぎのフォローもあります。倍率は個人向けの目安である2〜3年分を下回っており、価格面でも無理がありません。
A評価の4条件:無借金/黒字が継続/人材が残る/倍率が2〜3年分以内。この4つが揃う案件は22件中3件でした。
札幌のスープカレー店
売主への業務委託により毎月固定20万円を受け取る、実質サブリース型の案件です。利回り37%と表示されていますが、事業を引き継ぐわけではありません。
飲食店のD評価4件のうち3件は同じ構造でした。事業の譲渡ではなく、金銭的な取り決めだけが残る形になっていないかを確認してください。
まとめ
飲食店案件を見るときの要点は3つです。掲載価格は相場に基づいていないこと、人材が残るかどうかで評価が変わること、そして開示情報は揃っていないのが前提だということ。
ここまで、飲食店案件を評価する際の着眼点をお伝えしてきました。ただ、実際にやってみると分かりますが、1件ずつ計算して判断するのは想像以上に手間がかかります。
営業利益から倍率を出し、借入金を取得コストに上乗せし、役員報酬が非公開なら実態利益を推定し、そのうえで引継ぎ条件や許認可の承継可否まで確認する。1案件あたり数時間かかることも珍しくありません。案件探しの段階では何十件と目を通すことになるので、すべてを精査するのは現実的ではありません。
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